「Remember MIYAGI」(CFC通信#17)
なんか宮城での応援に関して、あんまりな話をいくつも聞くので、ちょっと書いてみました。まぁ、あの場にいた人間の単なる言い訳なのかも知れません(笑)
長文なんで、興味がある人だけ読んでください。
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《宮城スタジアムについて》
上空からのデザインは、確かに美しい。
でもね。スタジアムに来る人は、空から来るわけじゃない。
デザイン重視の屋根は、あまり役にたっていない。機能しているのは、バックスタンドとメインの後段のみ。メインの前段は、屋根にかからない。
言われなくても判ってると思うが...そもそも、メインとバックの屋根が逆だ。
また、屋根に覆われているバックスタンドには2階席がなく、メインの2階席の座席数は少ない。
結果、音響(屋根による声援の反響)効果が得にくい造りとなってしまった。
#改めて日本のほかのスタジアムをチェックしてみたが、声援の反
響という観点では最低の屋根の作りである。
ピッチとの距離は、確かに遠い。
でも陸上兼用のスタジアムとしては普通だと思う。
スタンドの傾斜は、緩いという話を聞いたが、メインとバックは、横国よりもましだと思う。ゴール裏とその両脇は確かに緩いかな、程度。
少し困ったのは通路とトイレ。
たぶん実際には他のスタジアムと変わらないと思うが、今回は雨宿りの人がたくさんいたため、通路がものすごく狭く感じた。
また、トイレが小さく(便器の数が少なく)、しかも「コの字」型に3分割して配列してあるため、狭いトイレの中で導線がめちゃくちゃになっていた。
マイナス面ばかり書いているような気がするが(笑)、スタジアム自体がそんなに悪いという印象は受けなかった。
恐らく、静かにスポーツ観戦するには、普通(いや平均点以上)のスタジアムだと思う。
#もしかして説得力ない?(笑)
ただ、声を届けるには、あまりにもつらい構造であったのは確かだ。
そしてこの日開催されたのは、スタンドからの声を届けることが必要なスポーツだった。
《アクセスについて》
事前に仕入れた情報では、全く良い話を聞かなかった。
特に電車->シャトルバスのルートに関しては、かなりの悪評が飛び交っていた。
JAWOCの規定ルートで行くと、仙台まで実質2時間から3時間かかるとの話もネット上で出回っており、電車を使った人は、常に頭の片隅に「帰り」を意識しなければならない状況だった。
今回この試合に限って言えば、試合終了直後に帰った人たちを、俺は責めることはできない。
#現実に、試合終了後、駅に向かうシャトルバス乗り場は、長蛇の
列だった。また、この日もやはり仙台まで2時間以上かかった人
が多数いたようだった。
なお、駐車場へのシャトルバスは、どのルートも実にスムーズに運行されており、行きも帰りも待ち時間は殆どなかったので、個人的には問題なかった(笑)
《会場周辺について》
完全な山の中。まぁ、それはいいとしても、何もイベントもないのに驚いた。
確かに横浜もイベントはなかったが、あそこにはたくさんの店があり、商魂たくましく盛り上がろうとしている商売人がたくさんいた。(これは俺的には誉め言葉)
しかし、ここにはコンビニが1件のみ。
小雨に煙る山の中。もくもくとゲート前に並ばざるをえない人々。
軽い気持ちで来た人たちにとっては、かなりつらいシチュエーションだったと思う。
《そして応援について》
宮城での応援について「静かだった」という声を聞く。
私は埼玉にも横浜にも大阪にも行っていないので、それがどれほど違うのか判断つかない。
ただ、声を出さずに、手拍子だけで応援していた人たちが多かったことは事実だ。
そう「普通の観客」が声を出してはいなかった。
もしも違いがあるとしたら、そこだ。
なぜ宮城で「普通の観客」は声を出せなかったのだろう?
気持ちが入っていなかったからか?
違う。1次リーグの3試合と宮城の試合で、観客の分布が変わっていたとは思えない。どの試合も同じぐらいの比率で、サポーターも、にわかサポーターも、普通の観客もいた筈だ。
応援が難しかったのか?
違う。応援パターンは3つしか使っていなかった。応援を知らないから声をだせない、ということはない。だって、使っていたパターンは「おー」と「にっぽん」の2つしか発声する必要がないのだから。
コールをリードするサポーターが固まっていなかったからか?
違う。このチケットの販売方法で、1次リーグの3試合だけサポーターが固まっていたなんてことはありえない。
代表がいい試合をしていなかったからか?
これはあるかも知れない。
失点のきっかけとなった中田このプレーに代表される、集中を欠いたプレーの数々。見ている者の気持が冷めさせたのは事実だ。
しかし...これだけが理由なら、そもそもサポーターなんていらない(笑)
いい試合であれば、普通の観客が声を出すわけではない。
コールリーダーが入れば、普通の観客が声を出すわけではない。
応援がわかりやすければ、普通の観客が声を出すわけではない。
彼等のガードは、そんなに甘くはない。
彼等が声を出すのは、日常の殻が破られたときだけだ。
それは「祭り」に身を委ねることが出来なければ、恐らく決して破られることはない殻だ。
宮城はどうだったか?
慣れないスタジアムとそこに対するアクセスの不安は「祭り」にその身の全てを投じることにブレーキをかけた。
会場の周りの静けさは、昂ぶりとは逆の方向に神経の針をふった。
そして、開門と同時に振り出した雨は、本能的に自らを防衛させた。
雨に濡れた宮城では、まずは自分の身を守ることを考えなければならなかった。
全席指定のチケットは、自分の身を守るという行為に集中させた。
残念ながら試合開始まで、「祭り」の中にいるという雰囲気は、全く生まれなかった。
試合開始のホイッスルが恐らく最後のチャンスだった。
しかし、ホイッスルの直後、日本はトルコに押し込まれた。
結果、祭りに身を委ねるきっかけをつけめないで困惑している観客を置き去りにし、微妙なズレを抱えたまま、時間だけが過ぎていくこととなった。
反響しない屋根は、振り絞った声援ですら、宙に漂わせてしまった。
俺はあの日、日常の殻を破ることが出来なかった人たちを責めることはできない。
誰が悪いということではない。いつの間にかすべて悪い方向へ、ベクトルが向かっていた。
そして、それを変えるだけの力が、残念ながら日本にはなかったのだ。
選手も監督も、そしてもちろんサポーターも。
あの日、声を出せなかった観客達を責めるより、彼等をサポーターに変える手段を考えるべきだ。
自国開催のW杯後。「これまで」と「これから」では、もちろんその方法論が異なるだろう。でもそれに取り組まなければ、成長はない。
宮城でのサポーター不在(あるいは数の少なさ)を嘆くなら、これからサポーターの数を増やすことに頭を使おう。考えよう。考えつづけよう。
一人一人ができることは、まだある。俺もW杯が終わったら考える(笑)
まるで間違って部屋の灯りが消されたかのように、ぷつんと終った日本のW杯。
何があったのかを冷静に分析しなければならない。
それを更なる成長の糧としなければならない。
そのための「Remember MIYAGI」