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駆逐される側であることを恐れるな

昨日ビールが泡だらけだった、オイラです。(人大杉で、普通にクリックしても読めないと思われますが)

つか、普通に晒されてて仰け反りました...なんか自分の恥部を晒されているような...ホント、小さくてスミマセン...
↑そんなこと、誰も言ってません。

ま、何にせよ、ねーちゃん、次はビシッと冷えた奴を、いっちょよろぴく。
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仙台戦の続きを書こうかなと思ったけど、いまいち気がのらないので、現実逃避。
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ますたろうタンが、また刺激的な作文を書いている。

サポーターは、試合の一部になろうとする、または文化の一部であろうとする能動的な存在で、受動的に何かを受け取って喜んでいたり、選手に喜ばせてもらっているのは決してサポーターではないのである。
フットボールは未来への兵器である

ホント、鞠のサポじゃなかったら、もっと良い関係になってもいたのではないかと、アンチトリコロールTシャツを着ながら思ったりするのであるw...
例えば...肉体関係とか...

で、本筋と関係なく、ちと気になったことを。
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こういう作文が出ると、決まって「自分はあんまりスタジアムには行けないしぃ」とか「だった子供も連れて行きたいしぃ」とかいう、自分を肯定して欲しい人間ってのが、出てくるんだよね。
(ますたろうタンの追記とか、この辺を意識しているように見えます。)

そういうバカに一言言いたいのよ。
おめえら、本物に気を使わせるなよ、と。


オイラ、子連れである。乳飲み子抱えてスタジアム通いである。
ますたろうタン(つか、岡田かw)の定義に従えば、サポーターではないだろう。
あえて極論すれば、オイラは、スタジアムから駆逐される側の人間である。


いいんだよ、それで。


駆逐されることを恐れるな。

スタジアムから人が溢れる、涙が出るほど輝かしい未来に、スタジアムに残るべき人間は、どういう人間なのか。

自分がその場にぶら下がっていたいだけの、くだらないロジックに意味はない。

ますたろうタンの描く世界の根底を、幻想と定義するのはたやすい。
しかし最後までスタジアムの残るべき人間は、幻想と向き合い、それでもその幻想を貫き徹せる奴だけだ。


もう一度、言おう。
駆逐されることを恐れるな。
サッカーというエンターテイメントにおいて、本当に必要な人間を見失うな。
何より。
駆逐される覚悟ができれば、まだまだ本当に必要な奴らを支えるために、できることはたくさんある。


横浜FCを支えようという志を持つ、オヤジどもよ、オバハンどもよ。
手伝ったろうぜ。やったろうぜ。このチャンスを生かそうぜ。

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コメント

のけぞらして、すいませんm(__)m

はるタンかぁw

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