つのだまぶろぐ

2003年10月29日

憎まれ口的10月29日

この日を忘れた人なんか、殆どいない。
しかし、この日に何か書こうとする人間も、もう少ないだろう。
そんな日に、あえて憎まれ口を叩いてみる。
例によっての作文なので、便所の落書きをみて熱くなっちゃうような奴は、読まないように。
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ここ(「フリューゲルス」参照)にも書いているが、俺は、10月29日に「あの日を忘れない」という奴が大嫌いだ。

あの日、特例としてFマリが生まれ、その後「同じように」特例として横浜FCが生まれた。
俺たちは、全日空、日産と同じ、特例の上で生きている。
そして、あの日から現在に至るまでの横浜FCの歴史は、特例に対して何ら価値を与えることはできなかった。
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スポンサーがなくなったら。
母体企業が撤退したら。

危機だけは、相変らず存在し、いろいろなチームを脅かし続けている。

あの日を忘れない?
OK、当たり前だ。
で、あの日から今まで、お前は、何を得、何を学んだ?

同じような危機を背負ったチームに対し、今、お前は何が提示できる?
恩人たちに対して、今、お前は何を提示できる?

まさか存続のバナーを張って終わりじゃねーだろう?

俺にはないよ。何もない。
差し伸べる手も、参考にしてもらう知恵もない。
反面教師的な教訓が、わずかにぶら下がっているだけだ。
恥にまみれた人生だが、このことは、俺の人生において、最も恥ずかしいことのひとつだ。
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「あの日を忘れない」

そうしてくれ。
でもな、本当に忘れてはならないことは、あの日から今日までの間、横浜FCに関わる人間は、自らの意思で、あの日を風化させる選択をし続けたことだ。
そのことへのコメントなく「あの日を忘れない」とか言っている奴は、全く信用するに値しない。
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もちろん、過去を蒸し返すつもりは毛頭ない。
第一、あの日から今日までの出来事は、残念ながら全て「必然」であった。
それくらいの自覚はある。
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フリューゲルスにもなれず。
新しい価値も生み出せず。

惨めだな。本当に惨めだ。
顔を上げず、後ろを振り向いて生きていったほうがいい。
普通の感性の持ち主であれば、そうするだろう。

でも俺は、恥知らずにも、三ツ沢に向かう。
フリューゲルスを生かしたい。
まだそんなことを考えながら、三ツ沢へ向かう。

やるべきことは、残された選択肢は、一つだけだ。
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サッカーの文脈において、横浜FCを、本物のチームにしよう。
サッカーの文脈において、三ツ沢を、最高のスタジアムにしよう。
日本で最高のクラブになろう。

そうすれば、このチームの歴史に興味を抱いてくれる人が必ず出てくる。
その人たちは、フリューゲルスというチームがあったことを知るだろう。
最高のクラブに繋がる、フリューゲルスという名のチーム。
その人たちに刻まれたフリューゲルスの名前は、俺たちの胸の中にあるフリューゲルスの名前よりも、ずっとずっと価値がある。
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フリューゲルスと横浜FCの関係なんか、ぐちぐち悩むな。
そんなこと考えるぐらなら、今日に限らず、フリューゲルスを語ればいい。
遠慮することなんてない。
フリューゲルスをタブーにするな。俺たちの歴史だ。胸を張って語ればいい。

そうすれば、自然と見えてくる。
フリューゲルスとの差を「欠落」としてしか捉えることのできない、クズどもの姿が。
これからのために、捨てなければならない病巣の一つだ。
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自らの思い出を美化するために切り取った過去に、価値はない。

過去ではなく、未来に、フリューゲルスを置こう。
過去に本当の価値を与えるために。
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青と白のチームが、横浜には、ある。
存在しつづけている。
最高のチームとなるために。

俺たちが、横浜だ。

いつものように、今日、叫ぼう。

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