他チームの揉め事に首を突っ込むことが嫌われるなんてことは、重々承知しているつもりだ。ただ横浜FCがいろいろと揉めていた時期、俺は他チームのサポーターの声を聞きたいと真剣に願っていた。別に批判の声でも良かった。いうまでもなく、適切な批難の声っちゅうのは、足りない視点を提示してくれるし、見当外れの批難の声っちゅうのは、誤解されている部分を洗い出してくれるから。
もしかしたら、今、鳥栖を良くしたいと考えている人に中にもそういう人がいるのではないだろうか。
身勝手にそんなことを思ったので、自分が感じているところを書いてみようと思う。
嫌われることにも慣れてるし。
まぁ鳥栖のサポーターはここを見ていないだろうし、現時点落ち着いているようなので、あまり意味はないけどな。
もしかしたらテロに遭っちゃうかも知れないから、遺言代わりということで。
↑まだぶつぶつ言ってる、臆病者
長げーぞぉ。
なお、俺が耳障りの良いことを書くわけがないので便所の落書きを見て熱くなっちゃうような奴は、これ以降の文章を一切読むな。
ちゅうか、はっきり言って、そんな奴はここに来るな。
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少なくともネット上で拾える情報を斜め読みしただけでも、今の鳥栖のフロントがどれだけヒデー状況かということは十二分に理解できる。
現在の鳥栖フロントのバカさ加減は、あの時のYFSCに匹敵するか、それ以上かも知れん。心から同情する。
でも断言する。
十中八九、鳥栖の株主・サポーターは負ける。
勝つということを、彼らの主張を実現することであると、真っ当に定義するならば。
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場合によっては、社長の追放ぐらいは達成できるかも知れない。
でも、彼らが主張の先にあるのは、社長の追放ではないはずだ。万が一「社長の追放」で終わりなら、その主張は冗談にすぎない。それも、とびっきり悪質な。
だって考えてもみろよ。「社長が変われば全てが解決する」なんて思っているような奴が、経営を語ってるってことになるんだぜ。
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社長の追放は、一つの障害(もちろん、彼らからすれば、目の前の、とても大きな障害だろう)にすぎず、それが取り除かれた後、彼らは彼らの掲げた目標を自らの力で実現していかなければならない。
当たり前だよな。
でもさ、それをどう実現するつもりなのか、全く見えない。それを行う覚悟も伝わってこない。
それを提示できなければ、危なくって「社長を替えたほうがいい」なんて誰も賛成できないんじゃない?
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もちろん、誰も反対しようのない漠然とした一見すると正しい大きな目標を掲げ、一般大衆を巻き込んで目の前の敵を叩くというのは、戦うための古典的なテクニックだ。
彼らは既に裏で細かいシナリオを組んでいるのかも知れない。すでに次の向かって具体的な動きがあるのかも知れない。そして、まだそれはオープンにすべきではないと考えているのかも知れない。
そうであって欲しい。
しかし、何も考えていないとしたら...いっそ負けた方がいい。
万が一、目の前の敵を倒してしまったら、掲げた目標が大きければ大きいほど、正しければ正しいほど、目標と現状に大きなギャップが生まれる。大きなギャップは様々な解釈を生む。多様化といえば聞こえはいいが、現実には、無目的化である。当然、目的が無ければ、組織は維持できない。うまくいけば空中分解、最悪は、かつての味方同士で傷つけあうことになるだろう。
どっかでみた光景だ(笑)
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「社長が辞めた後、どうすんだよ」
誰でも気付く原始的な疑問に、未だに何も語られていない状況の中で語られる高邁な目標は、語るものたちの青臭さとズルさだけを、読むもの/聞くものに印象付ける。
語った言葉を少しでも実現しようとする気があるなら、具体的な提案をするべきだろう。誠実さを他人に求めるなら、尚更だ。
経営を口にするなら、アピールすべきは「言葉」じゃなくて「能力」だ。
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以下、いくつか、細かい指摘をしてみる。
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まず、株主の権利に過度に期待しないほうが良い。
俺は66%の株を保有する人間たちが負けた事例を知っている(笑)
第一さ、上場していない企業の株主が株主の権利を主張することなんざ、うざったいだけだぜ。
公開していない企業の株なんざ、お金を払った証に過ぎない。
正しさに溺れるな。
何より、法律を盾に株主の権利を振りかざすことで、弱者と強者のイメージがいつの間にか入れ替わってしまうことを意識しなくちゃいけない。
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また、企業を切り盛りするのに財産が必要なのは、日本の商慣習を考えれば当然。
お金を借りるため、個人補償が求められてしまう状況ってわかってんだろう?
良いとか悪いとかの問題じゃない。
仮にそれが許せないとしても、攻めるべきは鳥栖のフロントではない。
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ちなみに、前社長の借金を今の社長が引き継ぐべきだって主張も、あまりしないほうがいい。
万が一、今の社長を追い出したら、次の社長がそれを引き継がなければならなくなるんだぜ。それって、次の社長の選択肢を狭めてるんじゃないの?
自分で自分の首を絞めているようにしか見えないぜ。
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あと、敵失の公表の仕方は考えたほうがいい。
1回2回の敵失を公表することは、同情を集めるという意味で確かに有効だ。
でもな、失敗してばかりいる奴の姿を毎回毎回公表していると、いつの間か、迷惑を被っている側が、あたかもトラップをかけて相手を落とし入れているように思われてしまうんだ。
イメージの逆転には、くれぐれも注意したほうがいい。
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そして、もっとも大事なこと。
もし経営を語るのであれば、そのシンパも含めて、「選手のため」なんて言葉は絶対に口にするな、ということだ。
選手達にとってベストな環境は、サッカーだけに集中することだ。
しかし「経営」の視点で見れば、様々なところに選手を連れ出さなければならなくなるだろう。練習時間あるいは休息時間を犠牲にさせて。
「選手のため」なんて言葉は、何の責任も無い奴、あるいは責任をとりたくない奴だけが口にできるんだ。
第一さ、経営を語る奴等が最初から聖域を作ってどうすんだよ。
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今回の鳥栖の話も、どこかサポーターの「驕り」を感じるのは俺だけだろうか?
なんでそんな驕りが生まれるのか考えるてみると、思いつくことが一つある。
自分たちが、クラブのコミュニティの一員であると本気で信じているのではないか、ということだ。
サポーターは、コミュニティの一員なんかじゃないぜ。
なぜか?
「コミュニティの一員である」という幻想自体が、クラブの商品だからだ。
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確かに「チーム」あるいは「ゲーム」だけが商品であると考えると、サポーターはあたかも商品提供側にいるように思えてくるだろう。
そのため、何の責任もなく、また責任をとりたくないにも関わらず、自らの主張をクラブに押し付け、かつそれを受け入れて当然と考える。俺の大嫌いな「チームのために」「選手のために」という言葉を免罪符にしながら。
もちろん、コミュニティの一員であるという幻想を商品にしているのだから、クラブ側もある程度ニコニコ聞いている。
ただ、ある範囲を超えたら...当然拒否することになるだろう。
その幅が狭いか広いか。それは、商品性の違いだ。
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結局のところ、サポーターは消費者に過ぎない。
でも悲観することはない。
実は、コミュニティの一員と錯覚して声をあげるより、消費者に徹する方が、はるかに要求は通しやすいからだ。
単純だよ。
買わなきゃいいだけだからだ。
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もしも買うことを止められないジャンキーであるならば...
遠慮することはない。スタジアムに行けばいい。
ただし、潰れるという覚悟を決めてな。
一消費者が、潰れることを防ぐためにできることは、買わないということで、アラームをあげる事だけだ。
それを放棄したのだ。覚悟を決めてスタジアムに行けばいい。
その覚悟を決めきれないのであれば...せめて「自分以外は誰もスタジアムが来ないように」と祈れ。
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「そうじゃない。サポーターの声を聞くことは、クラブにとって必要なんだ。」
そう主張する奴もいるだろう。
結構結構。
でもな、本気でそう信じてるのなら、サポーターの能力を見せて見ろよ。
本当に能力に自信があるのなら、自分たちで会社でも作って、他のクラブにアイデアを売り込めばいいだろう?
結果を出せば、見方が変わるぜ。
もしかしたら自分の応援するクラブが潰れた時、受け皿の一つになりえるかもしれない。
リスクが多い?
それぐらいのリスク、背負えよ。人にはリスクを背負うことを求めているんだから。
背負えないなら、消費者に徹したほうがいい。
自分の応援するクラブじゃないとダメだぁ?
お話になりません(笑)
そこで思考を停止しちゃうようなら、経営なんて口にするな。
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最初に宣言した通り、かなりきつい作文になってしまった。長いし。
でも勘違いするなよ。
俺が書いていることは、現状に過ぎないということだ。わかりきったことを書いているだけだ。未来については一切触れていない。
俺は願っている。
もう俺には想像すら出来なくなってしまった、サポーターとクラブの適切な関係というものを誰かが見せてくれないか、と。
サッカー界にサポーターの居場所があるってことを、誰か見せてくれないか、と。
頑張れ、鳥栖の有志達。