いささか、というかかなり古い話になってしまったが、ジーコ解任デモについて書いてみる。
ちょっと長文で、なんて考えていたのだが、推敲する時間も確保できないので、思ったことをつらつらと。もしかしたら何回かに分けて書くかもしれません。
あと言っとくけど、こういう「行動」に対して、どんな理由であれ参加しなかった人間が書く作文なんざ、所詮は
ヽ( ・∀・)ノ ウンコー
なんで、そこんとこ、ひとつよろしく。
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「あー、やっぱり」
70人前後という参加者数を聞いて、最初にそう思った。
もしかしたら今回は、オイラの予想を覆してくれるかも知れない、と思っていただけに、ちょっと落胆した。
やはり、ネットを基点としたネガティブな主張は、リアルの行動には、結びつかなかった。
一応補足しておくと、ここでは単に70人という人数のみで評価している。「効果」という意味では、素晴らしい結果であったと思う。寡聞にして70人規模のデモで、これだけの「効果」を挙げたデモを、オイラは知らない。
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オイラは自分でもイヤになるくらい実務的な人間だ。はっきり言って、企画には向いていない。
そんなオイラも、過去何度かネットを基点にリアル世界に働きかけたことがある。
当たり前だが、殆ど失敗。身の程知らずって言ってもいいよ(笑)
でもわずかではあるが、オイラの予想以上に大きな力になった時があった。
去年の「城祭り」の時とか、一昨年の「背番号を掲げよう」と訴えた時とか。
これだけ読むと「行動のしやすさ」がキーポイントのように見えるかもしれない。
でもこんな失敗事例もある。
ソシオ時代、三ツ沢の入場者の約半分(1500人)に「会社がおかしいと思う人は、選手入場の時にこの紙を掲げてください」とビラを配ったことがある。
そのとき、実際に掲げてくれたのは、今回のデモと同じ程度の数であった。
ちなみに、ビラを配る場合も警察の届出とか必要で、結構大変だった。そのとき嫁さんにいろいろ無理を言ったことが未だ我が家に暗い影を落としている...なんてことは(たぶん)ないが、正式に届け出たデモだ、という話を聞いたとき、ビラ配り程度であんなに大変なんだから、デモってのは物凄く大変だろうなぁ、としみじみを思った。
良く言われる主催者側の問題(参加者への配慮等)や、参加者の問題(ヘタレばっかじゃねーか等)は、全て正解だと思う。
でも、わずかばかりの経験則と知っている事例だけで分析してみると、
・ネットを基点にしたネガティブな主張は、主催者がどんなに気を使っても、参加者の数はほぼ一定
・一方で、ポジティブ(あるいはネガティブな色が薄い)主張は、リアル世界での行動に、うまく結びつくことが多い
という特徴がある。
結局のところ、ネットは「正しさ」を指向しているのではないか。
非常に便宜的だが、そう考えると、この辺の問題が、わりとすっきり説明することができる。
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2ちゃんで「今回のデモは、吉野家応援オフや、海岸のゴミ拾いオフよりも人が集まらなかった」という書き込みを見たが、ある意味本質をついていると思う。
ポジティブな主張(吉野家を応援しよう、海岸のゴミを拾おう)には、「正しさ」が論点になることはないからだ。参加者のハードルは、主催者の配慮に関わらず、低い。
一方、ネガティブな主張の場合、参加者のハードルは、高い。
ネガティブな主張は、自分が正しいことが前提となるからだ。
自分は、正しくなければならない。正しくないと思われることは、極力避けなければならない。
当然の発想だと思う。
しかし、当たり前の話だが、リアル世界で行動を起こす時は、時間的、空間的、人的制約から、当然、100%正しい行動なんて出来るわけがない。
リアル世界で行動を起こすためには、正しさを捨てる勇気をもたなければならない。
そして、これこそ、ネットの世界とリアルな世界を妨げる壁なんだと思うし、今後、本当にネットが力を持つために、乗り越えていかなければならないものだと思う。少なくとも、ネットに可能性を感じている人間は、そのための努力をすべきだ。
そういう意味で、ますたろうタンの総括の文章は、素晴らしいと思う。
壁を乗り越えるために必要なのは、可能性を訴えることではなく、事例を積み重ねることだからだ。
これからのために、とても価値のある文章だ。
ちなみに、この総括の文章、ネットを基点に考えると、Aタンを中心とした裏切り話に思えるけど、リアル世界に当てはめれば、その辺に転がっている普通の話だと思わない?
って感じるオイラは、もしかして凄く荒んだ世界に生きているのかもしれないけどね(笑)
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いやしかし、ネットの意見をリアルの行動へ結びつける適切な方法論が見つかったら、物凄い発明だと思ってるんだけどね。大手広告代理店とか、真剣に考えているかも(笑)
一方で、100%有効なマーケティングがないのと同じように、そんなもんはないのかも知れないと思ったりもする。
ま、いいさ。
もう少し、この難しいパズルに取り組んでみよう。
ゆっくりと、ね。